ブーゲンビリアの塀の中には

"幸せの実がなる庭がある"

8日目:夢リストを作る

新しい月の始まりなので、手帳に「私はこうなったら幸せだな」という夢リストを書きました。おお!こういうの素直にできるの、初めて!!

よく「夢を叶える手帳」とか「手帳使いこなし方」とかに夢のリストを書く〜ってあるけど、「夢をかかなきゃ、目標立てなきゃ」と思うとプレッシャーになって書けなくなって真っ白で、嫌になって投げ出すとか、日記やいいことノートも「やらなきゃ……」と思うと全然できなかったんですけど、この一週間本やブログを読んで、自分の中に下地を作っていたせいか、すんなりとできるようになりました。
まあ、あとは続けることですね。

初めから「これはこういうふうにやる!」と思ってやると、大体途中で出来なくなったときにどうしようもなくストレスになる。前は其のトリガーもよくわかってなくて、訳もわからず自分を責め立てていたけど、去年の後半あたりから、少しずつそれを許しながら、「いや一週間でも続いたよね?!偉い!!」とか自分を褒めるようになった。最近はもっと意識的にしてる。

前は「良い習慣って足し算で結果になる」と考えていたけど(だから途中で放ると+0になって無駄だー!とか)今日ふと「良い習慣は掛け算で結果になるのかもな?」と思った。掛け算というより複利だな。自分の内面とか前向き力が元金✕(1+利率)だとして、利率を上げるのが自己啓発だったり、趣味だったり、諸々なのかも。

手帳に書いた夢とは別に、3月の私のやりたいことをだだっと。

ミュシャ展に行く
・映画「彼らが本気で編むときは」を見る
・映画「美女と野獣」行く
ハロプロひなフェス行く(℃-ute回行きたい…!)
乃木坂46の新曲買って握手会参加券を得る
・興味のあるダンスについて調べる
・台湾華語について調べる
・部屋の掃除に対する拒否感をなくす
・自炊に対する拒否感について考える
・英語を使う機会増やす
・中国語(台湾華語)について調べる
・1日に食べるお菓子の量を見つめる→減らして健康になったら嬉しい

アイドルに今すごく興味が湧いてるから行ってみたいな〜というのがすごくよくわかる!!アイドルって本当にすごい……という気持ちになってる。

あと、今生まれて初めて「きれいになりたい」「可愛く見られたい」というポジティブな気持ちが湧いてきているのだけど、自分の年齢層が読む雑誌を見てても(Oggiとか)ピンとこない。決まったところで決まった服を着ればこのトーンになるのはわかるんだけど……服に合わせるのではなく自分No体型が映える服装にしたいんだ。

体型自体のメイク(筋肉つける)とは別に、どうしたら体型を愛して、映えるようにできるかなあ、と考えたい。筋肉は本当につけたい……楽しく……。これも考えなきゃなあ。

7日目:今日は簡単に

「●●が好きだ!」と心の中で叫ぶことも、引き寄せの練習になるとあったので、意識的に「私は●●が好き!!!」って心の中で叫ぶことにしたんですけど、これめちゃくちゃすごい。とっても照れくさくなるけど、心底幸せになりますね……!

「●●が好き!」っていうの、昔は簡単にできていたのに、最近は全然うまく言えなかったし、「好きって言っても他のもっと詳しい人にはかなわないよ…」って思ってそれを打ち消してた。

一時期は「好きなもの…?全然そんな物無いよ!!」と親の前で泣いたこともあった。「好きなこととかそんな物ないし私には考える資格なんて無いよ!!」と大暴れ。それからすると、たいした進歩だ。


 

引き寄せの法則を学ぶ日常を書くぞ~」って思って勢いで始めて一週間たった。

変わったこと:
1週間前は「やっぱり自分なんてダメだよ…あ~またこんな時間を無駄にした…ダメ…」って1日の80%くらいそういうことを思っていたけど、それがだいぶクリアになった。「ダメだ~」と思っても切り替えたりとか、「確かに落ち込んでるけど今、スケールで言うとどんな感じ?」って少し建設的に考えられるように。よしよし。

あと上にも書いた好きなこと!これも前よりリストが増えた。

引き寄せじゃなくて、他の自己啓発ものでもなんでもそうだと思うんだけど、自分の願いや自分の望む姿がクリアじゃないと道は見えないし、土台が無いと願いを考える前にぐちゃ…って倒れてへこんでしまう。

まず夢を書こう!とかリスト作ろう!って言われても心底自信がない人はそこも「ああ~~」ってなるんですぅ~~~~!!ノート作っても文字1つ書き間違えたりうまく線が引けなかっただけで「もうやだ~~~~!!!!」ってなるもんなんです~~~~まあ私だけど~~~~~~!!!!

とりあえずこの7日間は「感情のスケールを意識する」「好きなものについて考える」「本を読む」ができたから良かったよかった。
明日からも引き続き、ゆるっと続けます。

 

6日目:感情のスケールを意識する

今日は一日中ずーーっと眠くて、常にまぶたが半分閉じて、本とか読めないような感じだったので、本はあまり読めず。

今日は夕方からの仕事なので早起きしなくていいんだよなあ、と思って起きたら昼頃。最近こういうのが続いてるので朝からスッキリ起きて動きたい気持ちと、いや別に良くない?という気持ちでうだうだしている。うわー寝すぎたよ〜そして寝っ転がってまたスマホでどうでもいいページ読んじゃったよ……。

ただ、今日は『サラとソロモン』に出てきた「味わい愛でる」という感覚と、あとエイブラハムの「22の感情のスケール」を意識してみた。
※「感情のスケール」についてはこちら→http://diamond.jp/articles/-/112042?display=b


食事のときにスマホや本を読まない
→なんだかここ半年くらい?ながら食べの習慣ついてたんだけども、その時間や場所を味わい愛でながら食べる。ただ、いちいち「最高♡」「素敵♡」って思うんじゃなく、「美味しいな〜……」「ほっとするなあ」「今まで何か食べた感じしなかったけどこういうこと……?」って考えながらというか……要は無理矢理にでもポジティブ♡♡愛♡にはしない感じ。

食事や食べるものに関しては、本当に私は常に口に甘いもの突っ込んでるな?!!?って最近気づいたんだけども、それを「だから痩せないんだよ」「バカか?減らせ!」と自分に対して思うのではなくまずは「食べてるね〜〜」って観察するようにした。

前はこうやって追い詰めて落ち込んでまた食べる……っていうサイクルだったけど、まずは良し悪しじゃなくて今の自分を認めることだ。

まずはそれでいい!というのを自分に許す。

そうすると、「なんか食べたいときってトリガーあるな……」とか「今本当にその量必要?」とか湧いてくるので、それに従う。

今日の昼はそれが割とうまくできたな。カフェの店員さんもニコニコ笑顔で対応してくれてハッピー。

仕事では上司に色々言われる。指摘なんだろうけどそういう言い方しなくてよくないー!?!!って思ったり……

ベタだけど、こういうときに「感情のスケール」って大事かも、と思い、休憩時間に少し本を開く。今の状態は……自己嫌悪より怒りとか苛立ちだなあ……。せめて一つでも上げてみるか……とか。

あと別にこの上司のことは嫌いではない。ただただ言い方が「おお〜い、もう少し考えてくれ〜」っていうだけで……。

そういう風に思い直して仕事をしていたら、今度は向こうも少しだけマイルドになったし、私も単に「そうですね」「すみません」「わかりました」だけ返すbotになるんではなく、「ここはこうだと思ったんですが、お話を聞いて違うなって思いました」「今度はこうしますね!」みたいに返して和やかに終了。よかったよかった。

20代のときの自分が割とそうだったんだけど、人から大きい声で言われると自分の感情が分からなくなって(大きい声出された!ってことに反応してしまう)ワタワタしていたんだけど、このスケールがあると客観的に見られてなかなかいいな……と思う。スピリチュアルなゾーンに置かれそうだけど、これは現実に使えるぞ〜〜

ここまで書いて思ったけど、何をツールに使うかの問題で、最終的に人生は「自分が幸せであるということを自分がどうやったら認めることができるか」を追い求める感じで、その中では「自分が自分であることを認める」「自分のことを許す」「自分の感情を自分である程度コントロールする」というのが必要になる。

それを見失うと、生きづらさがすごく増してくるから、そのツールの中にこういう「引き寄せの法則」みたいなものや、宗教や、スピリチュアル的なもの、他の色んな自己啓発的なものがあるんだろうなと。

別にこれがなくても、自分で自分に許可を出せる人は不要なものだと思う……。ただ、自分に「私はまず今の自分でいいぞ」「どうなりたいか分からなくてもまあ生きてるだけでまずはいいぞ」みたいな許可を出しにくい人っていうのはいるので、そのためにこういうのがツールとしてあったら便利、みたいな感じかなあ、と思う。

だから私自身、スピリチュアル的な本をいくつか持ってたり読んでたりするけど、正直「宇宙意識!?なにそれ」って思うし、特に「この教えは素晴らしい、伝道しなくては」みたいな気持ちもないんだな……今のところは……。(ある日突然言い出したら「変わった」ということでお願いします)

ふと思ったけど
「人生は自分が自分を幸せにする旅」
「家族も友人や会社の人とかもたまたま途中のホテルやホステルで出会った人たち(だから、必ずしも家族だから●●みたいなのってないって思ってる)」 なのかもしれないですね。

5日目:わりと日常

今日ふと思い立って、前から興味があったイベントに行ったのだけど、電車で寝過ごして羽田空港まで行ってた。羽田空港自体はよく使う空港だけど、こう、寝過ごしたら着くような…そういう日常と切り離して考えてたからめちゃくちゃ新鮮でした。おお!!!!!本当にこういうことあるんだな~って……。これから帰るのか、スーツケース持つ人がたくさんいる中、異様に軽装の女がふらっと出て行くという……。

それから正しい方向の電車に乗って、初めての駅で降りたんですけど、異様に興奮してしまった。予想以上に駅ビルが栄えてる…!発展してる…!線路が交差してる…!って。イベント自体は個人的にあまり感想言うこともなく(眠くてもうイベントの雰囲気についていく余裕がなかったとも言う)さっと帰って丸善へ。

昔から売れている本、長い間ずっとおすすめされている本ってなんだかんだ言ってやはり力があるのだなあと思う次第……。よく引き寄せ関係の人に勧められている「サラとソロモン」、全然興味なかったし「あ~~物語形式のか~~たいてい面白くないんだよね~~~」って思ってたけど、この本とても面白かったです。主人公のサラ、好きなタイプの主人公…!あと「引き寄せの法則」って言葉を使っていないところ(ここは訳者の人のこだわりだそう)が、読んでいて物語の世界を邪魔しなくて、物語として没入できる。って思いました。この本と、奥平亜美衣さんの「引き寄せの教科書」の新しい版を購入。ちょっと勉強な感じ。

話は大きく変わりますが、異様に好きなSNSアカウントってありませんか?
私はあります。

1. 黒柳徹子さんのInstagram

www.instagram.com

2. 叶姉妹Instagram

www.instagram.com

lineblog.me

黒柳徹子さんは昔のエッセイ読んでいたときから思ってましたが、本当におしゃれでかわいい~~~!あと毎回アップされるときに短いエッセイのような、コラムのような文章が掲載されていて、見ると必ずにこにこしてしまう。好き。

叶姉妹は、自分が年を重ねるごとに好きになる存在……。

あと全く関係ない話だけど、昨日このツイート読んで

 自分も今こういう感じ(若手俳優という存在を知って色々意識が変わった)なのでこのすべてに同意しかなかった……。わかる……。こういう話も今後書きたいです。一緒に写真撮るとか、握手できるとか、手紙書いて送ることができる文化があるのすごい…アイドルや俳優の皆さん、彼ら彼女らは尊い存在だ……救っている……。

この後唐突に「ハロプロ…」って調べたら来月「ひなフェス」っていうのがあるんですね。全然現場に入ったことがないんですけど、℃-uteが好きで、少しだけハロショ行って写真を買ったり曲を聴いたりしていたので一度は見てみたいなあと思っていたら、彼女たちの回があるっぽい…。あと今月「LILIUM」見たんですけど、和田彩花ちゃん可愛い…気になる…って思ってたら…特別ユニット…?え…?なんだろう…気になる…!チケット探す……か……?

 

いろんなワクワクを知って楽しむ事って重要ですよね!!!!!
(もっともらしいことを言ってみる)

 

 

まあそれはそれとして、こういう短期的なワクワクと、長期的に叶えたい夢とか、そういうのを今度は書いてみようと思います。うん。楽しみ!

 

 

4日目:自分が「できていること」「思っていたかった」ことを認める

わ~アクセスが増えてる…と思ったら、まなつさん id:dokodeneru が記事で触れて頂いていたんですね…!ありがとうございます!!!!!

 

www.dokodeneru.com

 

まなつさんのこの記事を読んで、少しずれるんだけど、思い出したことがあったのでちょっと書きます。

 

私が田舎から東京の大学に進んだとき、私が一番願ったことは「友達ができますように」だった。高校では全くなじめず、いつしかひとりになり、ゴミを投げつけられたり私と話すのは罰ゲーム、みたいな感じになって、保健室登校をしていたので、本当にひとりでいいから友達がほしい、と思っていた。

 

私は大学でとある文化系のサークルに入った。合宿の後、どういう訳か「私 対 他の1年生女子」みたいになった。本当にどうしてこうなったのか覚えていないのだけど、どうしてもひとりになりたくなかった私はこういうことを言っていた。

 

「私、悪いところを直したいから、私に思うことがあったらこの際全部言ってほしい。」

 

たまたま、私の代は浪人生が多くて、年上のお姉さんが多かった。お姉さんたちは、「だなえのことが嫌いじゃないんだよ~?」と言いながら「こういうところがよくない」「ここがだめ」と丁寧にだめ出しをしてくれたので、私はそれを素直にきいた。
その後4年間、私は無事に楽しく過ごした。みんなと花火を見たり、旅行に行ったり、酒を飲みながらだらだらと話して時を過ごしたり。卒業したあとも結婚式に呼ばれたり。

彼女たちは意地悪をしたわけでもないし、嘲笑をしたわけでもないんだけど、「だなえのことは下に見ていい」という暗黙の了解があるようだった。何回言っても私に対して失礼な発言(「だってだなえさんのことは聴かなくていいでしょ、だってだなえさんだし」みたいな)を言う同級生がいて、他の学年や他の人からは「おかしい」と言われて、私も「おかしいからやめてくれ」と言っても、絶対に私の側には誰も来てくれず、にやにやと笑って見ているだけだった。

いつしか私が誘われない会合が増えて、その話を私がいる前でされて「あ、ごめんね~」と言われるので私は「ううん、いいよいいよ(にっこり)」と続ける、みたいなことをしていた。ばかみたいだ。

結局私に失礼なことを言う人とははっきり縁を切った。周りにも言った。
しばらくして、共通の知り合い、つまりはサークル仲間と会ったときに突然「まだ怒ってるの~?●●がああいうこと言うのに対して。早く仲直りしなよ~~」と言われた瞬間、「ああ、私はこの人たちから心底見下げられてるんだな、単なるけんかと思われているのか」と理解したし、これまで数年かけて言っていた「私は傷ついている」というのは無駄だったんだ、と思った。

ここまでが前段。めちゃくちゃ長い。


まなつさんの記事を読む前はここでストップしていた。
私はこの人たちから大切に扱われない、尊重されていない。傷ついた。という思い。

記事を読んでから、突然

「ああ、私はあそこで失敗したって、思いたくなかったんだ」
「あのサークルで、楽しかった思い出や記憶は確かにあったんだけど、それを【成功体験】だと思い込んでいたし、思いたかった」

というのが降りてきた。

私はそこで自分を尊重されていたわけでもないし、ある意味私はみんなに「私が悪いから、私が悪いところを直すから受け入れて」と言った瞬間、自分を尊重することを捨てたんだな、と、まなつさんの記事を読んで気づいたのだった。

心のどこかで「私はあそこでああやって人に自分の判断を委ねた、自分の価値を相手に委ねたから、楽しく過ごせた」「みんなの望む姿になれない私が悪いからだめなんだ」って思っていた。みんなと言っても、たかがサークルの数人だ。そこに私はずっといたんだな~~~と、ふっと分かったのだった。

 

そして、実際、私が大学で友人を見つけられなかったのか?
サークル以外に居場所がなかったのか?と言ったら、答えはNOだ。

 

私がどんな状況でも話を聞いてくれるのは留学のときの友人だし、
いまだに「ご飯食べよ~!」って誘ってくれて、会って話すのは語学のクラスの友人建ちだ。みんなで楽しいね~!って言ってまた会おうね、と言って時期は空いても必ず会いに行く友人たち。なんだ、ちゃんといるじゃん。そして、この人たちの前で、私は一度も「自分の悪いところ言って~!」と自尊心を明け渡したことがない。何かを引き替えに差し出すことなしに、ちゃんと友達を、居場所を作っている。

できてるよ~~~!!!
「自分はダメだから~~」とか言わなくても!
ちゃんと楽しく会って長く続いてる友人はいるよ!!!!!
私を大切に思ってくれる人から大切にされることが幸せだし、私もその人たちを大切にしたいし大切にするというのが幸せなのだ。
自分の存在を軽んじたり、どうでもいいな、って思ってる人に「私を愛してよ!!!受け入れてよ!!!」っていうのはだいぶ非効率だし、おそらく本当に望む形で受け入れられることはない。

でも、それをどこかで信じていたかったんだね。
あそこには友情や愛と呼ばれるものがあったということや、私はあそこで対等な関係を築いていると思っていたかったんだなあ……。



0日目1日目に書いた「認められたい!」という強い渇望とか、「自分が曖昧だなあ…」という観念がどこから来てるのかなあ?と思っていたら、ちょっとそのしっぽを捕まえた気がするぞ。

あと、これまで「自尊心がなんでこんなに無いんだろう…おかしい…昔はもっと生き生き自分を信じていたのに……」ってず~~っと長い間思っていたけど、そういうときは案外自分が「成功体験」って思っていたことにヒントがあるかもしれないな。って思いました。実際私もしばらくは「サークル最高~!楽しい~!」って思ってたしなあ……でもなんか行くとすごく傷つく思いがしてしんどくなっていたのだけど、そのとき「そう思っちゃう私がダメなんだ…だって私はここでダメだから」って思っていた……。
自尊心ってまなつさんの記事に出ている「自分のご機嫌の取り方を知っている」という状態にも近いのかなあ。って思うんだけど、なんというか、そこは人に明け渡しちゃうけないですね。「私はあなたを幸せにするから、その代わりお前は私の機嫌を察せ」というのと、「私をここで受け入れてください、その代わり私はあなたたちの望むように動きます!」っていうのは、自分の機嫌や価値を他人任せにしてるっていう点で共通…?同じ…かな…と思いました。

自分の機嫌が分からない人というのは発信型と受信型とかあるのかな…とか思ったけど、流石に眠たいのでそろそろ寝ますね。


また書きます。

3日目:給料日を楽しく過ごしたい

給料日、私にとっては「あ〜私お金こんなにない〜」って確認する日。家賃を払って、固定費は……なんでこんな通信費かかってるんだ?髪も切りたいし化粧水一気になくなったから新しいのにしたい。イベントもあるから(最近若手俳優が好きになったので悪趣味とか行く)服や靴も買わないと!あれ?!手元にこれだけしか残らないの!?!!?!やだ〜!!

大体こういうところから入るんだけど、本当にちょっとだけ意識を変えることにしてみた(久しぶりに(?)スピリチュアルというか一応「引き寄せの法則」をやろうぜ!という感じのブログだから……それっぽく)。

私、お金あるじゃん!と。
趣味を必要経費にしてるから無いように見えるけど、あるんじゃない?って。思いたい。いや、思おう。思う。

あと「●万あったらいいのにな〜」、みたいな金額も、大体把握できてるんだから、それが「ない」方を見るんじゃなくて「じゃあ生み出そう」のほうに意識したらいいんじゃないのだろうか。

どうしても無い〜!って方向に見てしまいがちだけど、そうすると本当にへこむし死にたくなるんだよね。物欲とか肉体がない世界に行ったらお金がないっていう現実から逃れられるのに〜というかお金とか美容とか健康から逃れられるのにな〜って。おお、不健康。

まずは給料日に「これだけしかないの!?」って言うのをやめて「おお、こんなにある〜!」って感じるところから始めよ……つーか昔より私お金貰ってるからね?!自分!どうしたの!?
「●●円あったらもっと幸せなのに〜」って思ってるかもだけど、ちがくない?!!!って今思ってきた。

いやだ〜!めんどくさい〜!ねむい〜!とかそういうのを感じると何かしら口に入れてるし、とりあえず2週間続けた(いちいち書き込むの面倒くさくなって中断したけど今日からは手帳につけることにした。実験)家計簿見ると、服とかコスメとかより、ぱらぱらと「やだ〜!」に対応して食べるものにお金使ってるんだよね。なんか違うようにできないかな。

食事も最近すごく悩む。外食ばっかりしてるけど、それもな〜だし、かと言って、私、自分が作る料理もそんなに好きじゃない。続かない。ここらへんも何かしらありそう…………

以前は「お金怖いよ〜ストレスだ」って思ってたのが、一時中断したとはいえ家計簿つけられるようになったのはいいこと。ただ、「1日●●円しか使ったらいけません!!」って思うと本当に心底ストレス感じて、余計に使う現象について教えて欲しい。あらかじめ「この日は●●円」とか、なんというか、事前にわかっておけばいいんだけど……食事をその日のフィーリングで決めるところあるしなあ。シフト制で朝昼晩滅茶苦茶なのも拍車をかけているような…………………。

明日はライブのうちわ作りをするんだけど、「私の推しを見てください」っていうDVDとか用意してたらじんわり「あ〜〜本当に推しという存在があることに感謝………」って心底幸せになったんだけど、これがもしかして愛なのか?これが何かを好きでいるのことの幸せなんだろうか。

10年かけて見失った自分とか幸せってものを、また一から構築するの、いやだって思ってたけど、少しずつでもねー。

追記。
お金ほしーお金必要〜!って思ってたんだけど(思ってるんだけど)、「●●がしたい」の方が叶えばハッピーなのでは………?例えば「台湾に行きたいから今すぐ手元に50万円ください!」じゃなくて「台湾に行きたい」「私は台湾にいる」というのが叶えば…いいのでは……?そこに介在するお金には注目しすぎないほうがいいかもー!?

なんか、老後とか緊急なバッファのためのお金がほしい、というのと分けて考えたほうがいいね?これ!

何事もぐちゃぐちゃのままだと解決しませんね。ひとつずつほぐしていかないと……

2日目:もやもやはどこから

私の仕事、めちゃくちゃ待ち時間が長い。自分の裁量で仕事ができない。詳しくは書けないけれど、上から来た水をボトルに詰め替えたり氷にしたり、みたいな感じなので、上流が詰まるとぴたっと止まるし、中流で流れが変わると自分も方向を変えないといけない。つまりは、待ち時間がめちゃくちゃ暇です。しかもその間本を読むのはダメって言われているので(人によるけど)ひたすらネット見るしかない。こういう環境だと本当に目標とかないと、ここで無表情で感情を揺らさず、周りの愚痴に耳を傾けず、って機械みたいになっちゃうなあと思ってしまう。まあ、ひとりにしてもらえるのは非常に楽でありがたいのだけれど。みんなで一緒にご飯食べよう!とかそういう職場じゃないだけでストレスがとても減った。仕事さえしていれば少なくとも文句は言われない。

 

ぼーっとネットを見るのもつらいものがあるので、英語のサイト見たり、航空券調べたりブログ読んだりしているわけなんですが、その間に微妙にもやーっとするのがあった。ざっくり言うと嫌いだし、なんか妙にねたましい。

これまでは「私この人嫌い!」ってTwitterはブロックして、見ない見ないして放置してたんだけど、ちょっとこのイヤ~な感じに向き合うことにした。

 

この人さ~~、アイドルとか、アニメとか、漫画とか好きで、それで幸せ!というやつ。オタクな自分大好き~!って言いつつ、いやあんためっちゃリア充じゃない?おしゃれぶりやがって~~~~!!!!!なんかもっと熱量ある人いるし??

本当にやなんだよね~まったくこういうのってさ、結局アニメの話ができる自分が好きなんでしょ??コンテンツが好きなんじゃなくて自分が好きなんだよね。だから「幸せ」って書けちゃうんだよね~~~???なんですぐに「エモい」って言うの??

 

こういうの、表に出しちゃいけない、思ったらいけないって思ってたんだけど。自分が「好き」に対して、「好きなもの」に対して持ってる思い込みがすごい出てる~~!って思った。私、「誰かが何かを好きでいる姿」っていうのを見るのは好きなんだけど、そういう人にはそのものをある意味「信仰」していてほしくて、それで体壊した!とか精神的につらい、でもやめられない好き、っていうのが本当に好き、って思っている気がする。地獄の底までついて行くみたいなやつ。

実際、自分が今までしていた仕事だと、表面の「好き」じゃなくて「そのコンテンツと心中できるか?」って感じだったし、知識とか求められたし。

私はいろんなものが好きだし、幅広く知るのが好きなんだけど、体系だって考えたり、とにかくひとつのことを考えるのがとても苦手。あと、「どうでもいいな…」と思ったらさっと冷めてしまうから、だからひとつのものを深く好きな人のことに憧れてしまうし、「何よ!この人だってあちこち好きじゃない!なんで私は認められないのよ!プンプン」みたいに思ってしまうんだろうな。実際自分はアイドルは好きだけど、いちいち泣くほど感情移入して見ることはないし、好きに人生を賭けるということに恐怖を感じている。

文化系サブカルみたいなのにも「どうせ私は美人じゃないし!」って思ってしまうしなあ(あの界隈はめちゃくちゃオシャレ度を見る気がする…他の社会よりも…)おおおこうして書き出すと本当に自分の根底にある「私を認めろ~~~!」って欲望の大きさを感じる……こわ……。

 

 

私は雨宮まみさん id:mamiamamiya が大好きで、著作も連載も全部読んでいて、特に最晩年(こういう書き方をしなければいけないことが本当にいやだ)の「好きへの向かい方」がとても好きだった。好きなものに真摯でいたいし、自分の欲望には誠実でいたい。

 

mamiamamiya.hatenablog.com

 

 

「したいことリスト」というのを作っては途中であまりの代わり映えのしなさや、数の増えなさに筆が止まっては諦めていたのだけど、「好きなこと」「したいこと」と自分の間のすりあわせ、自分の今の目盛りを知るみたいな作業が必要なのかなあ。と思ってる。本来なら?引き寄せやります!ってやるべきなんだろうなあ、とか思うけど。自分の周波数を高めます!!って無理やり上げても「どうせ……」ってなるくらいならまずはじわじわとのろくてもいいから、なんかもっと根本的なことからやらないといけない気がしている。

 

happyさんの本に紹介されていた、エイブラハムの「感情の22のスケール」というのがとてもいいなあ、と思った。単に「モヤモヤする…」っていうのを、「じゃあこのスケールでいったらどこらへん?」って客観的に見られるから。そっか~今は20の嫉妬なのか、じゃあ1つだけでも上げてみられないかな?って多少建設的になれる。これはなかなか良いぞ。

 

 

昨日メールを見て気づいたんですけど、このブログにはてなスターが付いている!あと読者が既に二人もいらっしゃる…!とてもうれしいです。しかもまなつさんにも読んで頂いている……!そっと読んでいるだけの存在だったので、かなりはしゃいでしまいました。