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ブーゲンビリアの塀の中には

"幸せの実がなる庭がある"

20日目:浮いたり沈んだり

突然沈みが来ているきょうこの頃、ブログも更新していなかったんですけど、やっぱりしばらくは毎日書く、と決めていたことを止めると、心がちょっとだれてしまいますね。外からの目線がなくなって自分の心を観察する目線がつい自分を責めがちになるというのもあるし。訓練だなあ。
 
 
今はいろいろいいことが思うことができず、久しぶりに言いたいことが分からなくなって黙り込んだり、やたら悲観的になったり。ひとつは多分急激な気圧・気温変化によるもの、あとは自分が「他人からどう見えるか」って他人の目ばかり気にしてしまう事態に陥ってしまったことなんですけど、割と後者のきっかけがみみっちい。みみっちいわりに引きずる……。落ち込んで息がしづらくなって何を見ても心が動かずいらいらもやもや苦しい、っていう気分、このブログ始めて以来久しぶりでした。過去のいろんなことを思い出してあのときああしておけば、って思い悩んだり。すごくつらい。でもこれが今までのデフォルトだったんだよな。表情もめちゃくちゃ硬いです。心も。よくこれで今まで生きてたな。
 
 
こういう間、ノートとか、少しでもいい考えを…って思っても、気ばかり焦って全然ダメでしたね。わくわくするより「結局だめだよ」「うまくいかないよ」って考えてしまって。ただ、こういうときに『サラとソロモン』を読むととても落ち着くことを知りました。今までずっと「物語形式の本っておもしろくないよね~~」って思ってたけどサラとソロモンはこう…サラの「ひとりっきりでいたいのに~~!!」という叫びとか、日本の小説なら「みんなと仲良くならなきゃ!!!」みたいな方向にいくのに、ただ自分の世界を守りたい、っていうのがとても好きだなと思いました。これが押しつけとか美談・キラキラ本にならず愛される理由なんだろうな。ひとりで空想する時間を大切にしたい…とか日本の本には絶対出てこないでしょ……
 
 
 
ブログに書こうとして何回も書いては消し書いては消ししているんだけど、この記事を書いていて結局「人にどう思われるか」ということが異常に気になっている、ということに改めて気付きました。
 
お金がもっと欲しいし、ちゃんとした人になりたいし、美しい人にもなりたいけど、今私が最もなりたい人は自信のある人。私はこうだ、って決められる人。後悔しない人。
 
そしていつでも目の前の今を楽しめる人になりたい。
 
あのときこうしていれば、ってもう考えたくない。