ブーゲンビリアの塀の中には

"幸せの実がなる庭がある"

36日目:しんどいときにひとりでいたくない(子宮筋腫の治療1カ月目)

子宮筋腫のホルモン治療が始まって1カ月だった。

具体的には、月に1回、おなかにホルモンを抑制する薬を入れるだけなんだけれど、体は擬似的閉経していることになる。

副作用が出ることもありますよ~と言われていたのを軽く考えていたけれど、結構じわじわつらいな~と思ったので書いておく。

1. だるい
 何もする気が起きない…だるい…料理とかしたくない…面倒くさい…というのがずっと続く。先月までは「自炊始めました!やった~!」とか書いていたし実際楽しんでいたのに、今は何かを新しく始める気が起きないし、日々のことがだうり。

2. 感情が爆発する
 先日、好きな舞台の初日があって、人気作のためチケットは完売、当日券は抽選…ということがあったのだけど、私のTwitterではいろんな人が初日に行っていて、私は当日券に落ちた。元々申し込むときから「初日は人気だよな~」と思っていたし、実際最近までは「まあいけなくても仕方ないな、楽しもう」って思っていたのに、その日私はめちゃくちゃ落ちて、「みんな私が弱いオタクだって思ってる」「私にはファンを名乗る資格がない」「バカみたいだ」「みんな私のことバカにしてるんだろう!」ってすごく情緒不安定になってしまった。実際、私が応援している俳優のファンの方はガチ勢が多く…というかたまたま私がガチ勢の方とつながって…で、ほとんど全通してるじゃん、みたいな人が多いのだけれど、特に私のことについてどうこう言う人たちではないのに、この世の終わり、みたいな気持ちになった。

私は私が見たくて行っていて、誰かと比べるためじゃないのに。
でも実際私は見たいものが見られなくて、もっと見たいのに、がんばれなくって、死にたい!

ここまで来て、ようやく「あれ、なんかこういうのめっちゃ久しぶりだし、この精神の乱れ、もしかして…」となった。

実際泣きわめいたり、みんな私のことばかにしてるんでしょ!!!ってSNSに書いたりしなかった分、よかった…って思ってる。全部ひとりで絶望してた。繭期再来

3. 体が熱い。いわゆるホットフラッシュ

ここらへんは更年期障害の症状としても出るものらしいので、なかなかしんどいなあ、と感じた。




この中で特に2のときに思ったんだけれど、私はそのときも1人で居て、実際今恋人もいなくて家族もいなくて、ふらっと話せる友人というのもいないわけじゃないけれど、学生のときみたいに突然電話して何時間も電話する、とかそういうことはできない。

こういうつらさやかなしさやみじめさ、しんどさをひとりで感じるのはなかなかつらいなあ、としみじみと感じた。

どこまでが甘えか、依存か、これは自立ではない、とか思うんだけど、心底ひとりでこういうつらさを感じるのはいやだなあ、って思った。


あと、最近物件を探していると、1人暮らしってコストパフォーマンス悪くて、私はどうしてこういう生き方してるんだろう、って思ってしまった。もっと割り切って、親の言うとおり経済的な分担のためにもパートナーを見つけるという考えは、否定されるものではなかったのでは?と思った。それで子どもを作るかどうかは別の話だけど、とにかく誰かと生活して費用を分担したい。つらいときに1人ではいたくない。めちゃくちゃわがままだけれどそう思う。

わからない、どうやったらパートナーを作っていい状態なの?
私は誰かと一緒にいることに足るべき存在なのか?

薬の副作用のせいかもしれないし、単に年齢の問題かもしれないけど……不安に陥ってます。





35日目:ゆるくエクササイズをはじめました

先日は衝動に駆られて、誰向けかわからない記事を書いてしまいましたが、まあ、誰向けというほどのブログでも…ない…かな…?という適当さが出てきました。前からか。

あれは1年くらい書きたい書きたい書かねば……ってたまってたものを一気に放出したので、落ち着いたらまた整理したいと思いつつ、まあいいか、という気分もあり。

それはさておき、最近ゆるくエクササイズを始めました。
寝る前に3分間フィットネスというアプリで運動して、仕事中(特に夜勤のとき)にトイレで壁腕立て伏せ10回orスクワット10回(トイレのたびに)って感じです。


某自転車舞台の円盤が発売されたので、カラオケボックスで見ていたんですが(Blu-ray再生装置ないのにBlu-ray買った)、体を動かしまくってる若者たちを見ているうちに「体動かしたい…」って思ったら、「あっ、ひとりで見てるんだし、壁腕立てできるじゃん!?」って気づきがありました。

おもむろに壁腕立てする私…スタッフからみたら恐怖だろうな…

しかし、そのときに「運動っていろいろ準備しなくちゃ…とかめんどい…って思ってたけど、これくらいなら自分でもできるのでは?!」とエウレカきました。




運動しなきゃ、運動しなきゃ…って焦る
本買う または ダンススタジオとかそういうのに行く
本に載ってるやつ全部しなくちゃ!
破滅
もうこういう失敗したくない…やりたくない…

という感じで、ずっとなあなあにしていたんですが、今年シンガポールに行くのと、腰痛膝痛、そして観劇時のおしりの痛みがすごい、ってことがあったのでゆるく始めることに。

今のところ、まあまあプレッシャーを感じずに続けられています。



最近、「新しい物事を『習慣』として身につけるには、1年を見ないとだなあ」という気がしています。

雑誌とかブログとかTwitterとか見てると、みんな新しい物事をすぐ習慣にして、すぐ続けている…ように思っていたんですが、それは
①元々ストイック
②似たような趣味を続けていた
③続けなくてはいけない必要がある・差し迫っている
とかかなあと…。

なんとなく~とか、必要がないけど…っていうものは本当に習慣付かない。

なので、新しい物事を始めるときは最初から「よっしゃ~!バリバリ意識高くするぞ~!」というより「1年で『何も言わなくても無意識でやってる』くらいにする」っていう意識でいたほうが取り組みやすい、と気づきました。

(私化粧をするのが楽しくなって1年くらいなんですけど、それは「自分が似合う色が分かる」「自分がどうしたらストレスが減らせるか最大限追求する」とかそういうのがあったんですけど、「よし、化粧するぞ!!」から「ちょっと出かけるからさっと化粧する(私、それまでは友人との集まりでも『眠たかった』『だるい』みたいな理由で化粧しなかったりしてたので…)」て習慣づくまでに1年かかりました)

あと、前までは「1日10分くらい動いただけで何も変わらないでしょ…」って思ってたんですが、小さな積み重ねってバカにならない&その10分で「ああ、ここの筋肉どうにかしたいな」とか「食事を変えたほうがやっぱりもっと効果挙がるんだろうな」と考えることにより、その後の意識も変わっていくんですよね……それが結構でかいなあ、とようやく思い至りました。

「どうせ変わらないし~」とごろごろするより3分でも10分でもいいから初めてみるの、マジで大事ですね……。


女性の筋トレのやつとか、なかなか自分の年代にあう人がいなかったり、ちょっと急激にそれは…とか、いろいろ目標としたい人が見つからない…みたいな迷子になっていたんですが、自分はなんとなく舞台に出ている俳優さんがモチベーション?目標になるみたいです。

自分より年上の方もいるし、その方が実際に動いているのを見ることができるし、何より「自分はこんなに美人じゃないし…」「こういう系統じゃないし…」みたいな引け目?を感じないですむんですよね。。。「こういう美しい人だって体作りしてるんだ!」というモチベーションだけは高まるので、まあ、人それぞれですよね……。

しかし、最近NMB48の女子力おばけの本が気になったりしてるし~。
もう少し自由に柔軟にしていきたいですね。

34日目:舞台に出会って人生が変わったという話 (CSL AWから1年)

「人生を変える作品」って気軽に出会う文字列だけど、実際にそういう作品に出会うことはなかなかない。まれごとだ。こういう出会いがあることは僥倖だと思う。
 
「自分の人生で出会った、かけがえのない作品」ならいくつか挙げられるけど、「人生を変えられる」まで感じたことはなかった、というのが正直なところだった。
 
でも、今はひとつだけ「これで私の人生は変わった」と言える作品がある。
 
「Club SLAZY - Another World-」(以下CSL AW)
上演時期:2016年7月6日~2016年7月17日
 
 
 
 
この作品に出会っていなかったら、今の自分はどうなっていたんだろう。
あの日、あの動画を見て、「あ、この人いいな、もっとみたいな」って思わなかったら。
あのときチケットを思い切って買わなかったら。
そもそも私があの原作を好きになってなかったら。
 
どこに運命の分かれ道があるのか分からない。
でも、こんなに「あのときの自分の選択に感謝した」ということはない。
 
いつも自分の選択に自信がなくて、他人から選ばれることに興味があって、疲れ切ってもう自分の選択はどうでもいい、他人が思いたいように思えばいい、とやけになっていた自分が、今、人生で初めて「次の10年をどうすごそうか」と前向きになれるのはこの作品のおかげだ。
 
ちょうどこの作品を初めて観劇して1年がたったので、自分のエモーションをまとめてみることにする。
 
※以下、「この作品はどういう作品か?誰が出てるの?」といった話は一切しません(最後に、ほかの方が書かれた最高にわかりやすいブログのご紹介だけします…)
 
 
CSL AWという作品は、ほかのClub SLAZY(以下CSL)シリーズとは異色で、1~4、Finでは「愛のあたたかさ」「人を思うということの尊さ」というのが根底にあるけれど、AWでは「『愛』という甘美な言葉の裏にある暴力性」という点にクローズしている。
 
「あなたのためを思って」「あなたのために」という言葉は、何も知らない第三者から見たら「愛されている」のだと思う。
 
確かに、そこに「愛がない」とは言い切れない。でも、それは本当に、その「あなた」のためなのだろうか。
 
 
CSL AWでは、『あなたのため』という行動が全部裏切られ、破綻し、すれ違う。
 
「一人前のLazy(ソロステージをする演者)になってほしい」という思いから、ActはEyeballに「自分が教わってきた」教育を施す。自分はスパルタで育ってきて成長できた、だから自分の弟分にもそれを行う。でも、Eyeballの優しい性根では受け止められない。Eyeballはひとり「自分が弱いのがいけない」と思って苦しむ。そして、「強くなりたいから出たい」と告げたEyeballに対し、Actは「裏切られた」という思いを爆発させてしまう。
 
「この人は自分を、自分たちを任せるに値する『大統領』だ」と、V.Pは自分を懸けて、後輩でありトップエース(この店で最も"偉い"とされるNo.1)のWillを支える。Willはとても美しい、ただとても気が弱く、常に「自分はトップにいていいのだろうか」というプレッシャーと戦っている。「自分はそんな人間じゃない、ここから逃げ出したい」と自己否定している人間に、常に「あなたはトップだから、私が支えるから。私はあなたのためにいる、私なんていらない」というほどにいて、常に先回りする存在がいるというのは、とても"圧"を感じるんじゃないのだろうか。
 
「愛されていないわけではない、おそらく自分は目に見えて分かる虐待を受けたわけでもないのに『愛されていない』と感じる、それは私がよくない人間だからだ、できが悪い人間だからだ、私は本当は愛されるべき存在じゃないのだ」とずっと感じて、苦しくて、つらかった。
 
インターネットを開けば、自分よりもっとつらい環境にいる人がいる。
壮絶な人生、と呼ばれる話もたくさんある。
そんな中、私は属性だけ見たら何もわかりやすい傷がないのに、どうしてこんなにむなしくて、つらくて、愛を感じられないのだろう。
 
そもそも、これは本当に「つらい」なのだろうか。
自分が弱いから「つらい」って思っているだけなんじゃないか。
 
もう「つらさ」とも言えない自分の中の空洞が、この作品を見て、埋まっていった。
 
『「ああ、愛というものに含まれる『暴力性』という存在を認めていいのだ』と、受け入れられるようになったのだ。
 
 
 
作中に出てくる、一番重いシーンはWillがV.Pに別れを告げるところだ。
「感情のない世界があるんだって」と告げ、「僕、そこでならひとりで生きていけると思う」と意志を見せる。「あなたのため」と全てを自分に捧げるVice Presidentに自立を告げる。まさか、自分から離れるなんて。信じてもいなかった、というV.Pは「エレガント」という自分の哲学を捨ててでもすがる。「それが時には暴力になるんだ!」というWillの言葉は、相手も、自分も傷つける。それでも、言わなくてはいけない。Willがさっさとジャケットを脱ぎ、"理想の世界"に向かう中、呆然として、別れを認めたくなく、慟哭するV.P。
 
このシーンを初めて見たとき、私は頭がキーンとして、思わず叫び出しそうになった。「私は何を見させられているんだ、何を見ているんだ」と。
 
これは、私の家族の周りで、よく見る風景だった。
 
 
私のいとこはもう、20年以上姿を見せない。
「あなたのため」という言葉で息子たちを縛った叔母の元をひとり、またひとりと去ってしまって、私ももう気軽にいとこたちの名前を呼べない。
帰ってこないいとこたちの姿をそこに重ねてしまって、その日はとても蒸し暑かったはずなのに、震えが止まらなかった。
 
私自身も、父親から「俺の娘なんだから」と言われて育った。
「俺の娘なんだから、お前はできるんだから」この大学にも通る、お前ならもっと優れたところに行ける、お前はやれる。実際、私はなんとかそのハードルを飛び越えることができていた。
 
「じゃあ、もしその『できる』ラインから外れてしまったらどうなるんだろう」と思ってずっと生きてきて、実際に私は就職で思うような(父親が望むような)ところで働けず、たまたまうつになってしまった。父親の理想像からは遠ざかってしまった。
 
そこに、「早く結婚しろ、子どもは早く産め」というプレッシャーをかけられたのも輪を掛けた。昔は「色気づくな、髪の毛より頭の中を磨け」と言われてきたのに、ある日突然男を作って結婚しろって無茶な話だ。できる人もいると思うけれど、自分はそういうことができる人間ではなかった。
 
ただ、そこで親を恨む気持ちはわかなかった、そもそも怒りや恨みは出てこなくて、困惑、混乱、どうしたら自分は認められるのか、という途方にくれた思いだけがあった。
 
でも、そこから「逃げる」「去る」という選択肢があるのだ。本当は。
苦しいと思うことは間違ってないのだ。
 
この作品を見るまでは、思いもしなかった。
 
 
 
この作品を見てから、私は親を嫌っても良い(必ず嫌えというわけではない、嫌うという選択肢もあるということ)とか、『「愛されているはずなのにつらいと思うこと」は間違っていると否定しなくていい』と素直に受け入れられるようになった。Eyeballの姿や、Willの姿を重ねた。つらいと思っても、去ってもいい。そこに自分の愛がないわけでも、相手の愛がないわけでもない。愛されていることと、それに応え続けることというのはイコールじゃない。
 
前向きに、きらきらと世界が輝いて見えた――というような、すっきりとした話しではないけれど、これまでぼんやりとぶれていた心が、ようやく自分に焦点を向いた。
 
 
 
そして、「美しいものを美しいと言っていい」という許可を自分に与えることができた。これも、客観的に見たらばからしい話にみえると思うけれど、私はやっぱり家庭で「イケメンにきゃーきゃー言うのはバカで人間のやる行為ではない」「男が歌って踊るのは気持ち悪い」みたいな親の意見をすり込まれたりして、美しい男を回避して生きてきたのだけど、いや、いいじゃん!って。ぽろっと自分に許せるようになった。自分に何かを許すことって、大がかりって思っていたけど、案外ぽろっと外れるのか!と驚きもあった。
 
(ブログでは最後になったけど、実はこれがきっかけになって、ぽろぽろと家族について考えることになったのだ。「何を見たんだ!?」という衝撃&「美しいな…すごいな…」と感じる→「えっ、美しいって思って…いいんだっけ???」と自分に問う→「いや…いいでしょ…っていうかこれはもしかして…」と気づく→上記のあれこれ…という感じです)
 
 
1年間、何回もCSL AWについて書こうとして、何回も泣いたり、重すぎる、必要以上に親を責め立てている、と思って、手が止まった。でも、よううやく、書くことができた。うれしい。
 
私は去年この作品を見るまでずっと「死にたい」「生きてる価値がない、早く死のう」って思っていたけれど、今は、もっとたくさんの出会いを経験したい、って思っている。
 
自傷行為もやめた。リスカとか、目に見える形じゃないけれど、私はとにかく自傷行為をやめた。私は、私が望む形でお金も気持ちも心も体も使っていきたい。楽しいことがあった、と思って死にたい。
 
まだしばらく懐かしむけど、いつかはきっと忘れる。
でも、今はまだこの作品への愛を抱えて生きていく。
 
 
 
 
※この作品について、全体の説明については優れたほかのブログがありますので、そちらをご紹介します。
 
おそらくファンなら誰もが一度は読んだ、「つれづれと」様。
AWまではこちらのブログに勝るものは…ないって思っています。
 
 
シリーズ全作品、全キャストについてわかりやすくまとまっている!
「世界の中心で好きを好きだと叫びたい」様。
 
 
ほか、いろんな方の感想もありますが、シリーズのことを知るには上記2記事がおすすめです。。。
 
 
Club SLAZYという作品は、同名の架空のメンズキャバレーでの人間関係を見る話だけど、いわゆる「ホストもの」とか「のしあがってやる」という話では一切ない。
 
私個人として、「人を思うということ」「出会いと別れ、それは本当に『悲しい』ものか」「誰かのために動くということ」とか、「愛と優しさと、その裏側にあるもの」に愚直に、不器用に向き合っていく人間たちの物語だな、と思っています。
 
 
 
 
 

33日目:本を買いました&

「買います」ってブログに書いた、phaさんの『ひきこもらない』と白井剛史さんの『愛を味方にする生き方』、そして前から買おうって思っていた『魔法科高校の劣等生』21巻・22巻(私はこのシリーズだけは1巻から読み続けてる……なぜか…)を買いました。給料日~~!
 
職場の近くの書店だと職場優待がきくのでお得に購入できるのでありがたい。
 
給料日に単行本をまとめ買い、文庫本はよいのがあればぽろぽろと…という感じですが、最近文庫本も1000円近くするのが増えてきて、ううう…となる今日この頃です。Kindleもいいけど、タブレット割ってから使ってないんだよなあ~~。Kindle Fire買ってKindle Unlimited使ったらもう少しお手頃になりそう。でもやっぱり手元にないと、文章が残らないんですよね……不思議……。
 
 
本を買って、まあ上記のものだとまとめて4000円くらいになるんですけど、買ったときの喜びがあります。
 
で、「このお金なんだか払いたくないな~」っていうものと、「これはめっちゃ欲しかった!!!!お金払えることがうれしい!!!!」っていうものがあって、前者の割合をできるだけ少なくしたい。税金とか光熱費とかそういうのは別に「払いたくない」とは思わないので、要は欲しくもないものにお金を払うとか、あと「これが見つからないから改めてお金を払って買う」とかそういうやつです。あとは…なんだろう…なんか買った直後にテンション下がるものある…。洋服とか…?よくわからない。チケットとかも、「これはめっちゃ払いたい!!!」っていうのだけ行くようにしてる。「ファンだから行かなくちゃ!」みたいな義理・義務感で払うお金は少なくしたい。行って楽しい、心から感謝できるものにお金を払いたい。ちなみに私は来月、好きな俳優が出ている、とても苦手な作品の円盤を代金引き取りで受け取ることになってるんですが、既にもう購入する気が失せています。お金は払うけど正直私は全然見返さなかった。見返す円盤と見返さない円盤なら見返す方だけ欲しい。
 
 
話はそれましたが、既に『ひきこもらない』と『魔法科高校の劣等生』のほうは読み終えました。
『ひきこもらない』は適度に力が抜けているし、かっこつけたところもなく、良い文章だな……って思いました。
生活に関するエッセイって妙に格好つけたり、意識高くなったりして、読んでて疲れちゃうな、ということもあるのだけど、この本はそういうのがなかったです。好きな本です。
 
魔法科高校の劣等生』、本当にこれなんで読んでるんだろうな。好きなんですけども。読んだときは「ライトノベルの勉強したい」→「絵が萌え萌えしてなくて良い」(1巻)→「魔法ってあるけど…割とこれはプログラミングの話では…?」って感じでとっつきやすかったんですよね…。あまり特定のキャラクターに思い入れというのはないのですが、ぐいぐい読めるのでつい読んでしまいます。これ最初2011年に出てるっていうのを最近知って結構びっくりです、もうそんなに時がたってしまったのか……。
 
 
全然変わって旅の話。書いておかないと忘れそうだからメモ的に。
 
シンガポール 早く日程決めること
ポルトガル  めちゃよさそう 行きたい
・台中     台南行ってなかなか良かったので今度は台中に行きたいし、住むことも考えて滞在したい
 
引っ越しだったり病院だったり、いろいろ決めないといけないことがたくさんあって、本当に苦手なんですけど、旅は割とえいって決められるんですよね。なんででしょ。
 
ところで引っ越しなんですが、皆さんどうやって住みたい駅とか決めてます?
 
私はもう「ここはいやだ…早く海外に行きたい…」っていう現実逃避が先に立つせいか、自分の生活に対するビジョンが真っ白なせいか、本当に住みたい駅っていうのが今なくて困っています……。
 
困ったなあ。
 
今住んでる部屋が元々狭く、日当たりとかもよくなくて、早く出たいとは思ってるんですけど交通は便利。
ただ家賃相場は高い。できれば押さえたいけどいっそ高くてもいいかもしれないってぶれてる。
古いのは気にしない。
2部屋・コンロ2口、バストイレ別、フローリング、ベッドやテーブルがおける部屋(布団生活、全然向いてない)、日当たり良好なところ。
 
治安が良いところで交通の便がよくてスーパーも欲しい(24時間やってるところ)
そして都内で山手線内がいい。
 
うむ。。。
 
そろそろ「考えてます」が使えなくなってきたので真剣に考えないと…
 

32日目:最近読んだ本など

最近、本読んでいますか?
私はちょっとサボりがちなんですが、書店や図書館には足を運ぶようにしていています。

最近は雑誌とかどれ読めばいいんだ~~??とか、自分の年齢とファッションと悩みにフィットするものが見つからなくてうんうん悩んでいます。

(雑誌は最近dマガジンを導入しようかな~と思ってます)
(なぜならば同じドコモ系列のdアニメストアが激しく便利なので)

話がずれた。


職場では基本的に何を読んだという話もしないし、気がつくともう今年前半が終わりそうで、ひえええ……と震えているところなのですが、最近おもしろかった本とか、給料出たら速攻買うぞと決めている本などをぬるっとまとめていました。


『わたし史上最高のおしゃれになる!』
小林直子 扶桑社

買いました。まだ読んでる途中ですが、「洋服分からない~~!」ってぐじゃぐじゃしている脳みそがぴしゃっと整理されていきます。私は職場の服装が自由なので、メリハリがつかないんですよね……。

そしてここでも「なりたい自分を決める」というのが重要で、ここがぼんやりしていると確かに服装も決まらない……結局ここに戻る……生きていくというのはこういうことか……。

『幸福はただ私の部屋の中だけに』
『紅茶と薔薇の日々』
『贅沢貧乏のお洒落帖』 

買いました。森茉莉のエッセイとか解説とかインタビューなどを、生活・食・服などのテーマでまとめたアンソロジーです。1つ1つの文章は短いので、どこからでも読めるのと、どれもが小気味よいので読んでてストレスがない……。通勤途中や観劇前など、どこでも活字がないと生きていけない民にとって必要な本です。

『ひきこもらない』 pha 幻冬舎

買う予定。装丁がいいな~と思ってぱらっと見てみたら内容も良かった。ぬるっと生きる姿が先週と今週の「ザ・ノンフィクション」で紹介されていて、その界隈に以前足を突っ込みかけた(Twitterの世界は案外狭い)ので元々興味はあったし、以前からずっとネットで追っていたけど、初めて欲しいと思った。私は「海外でバリバリ働きたい!!!!丸の内とかでガンガン働きたい!!!!」っていう思いと、「いや、のんびりゆるっとまったりと生きていきたい、ていうかそういうの無理……」っていう気持ちの2つが同居していて、だいたいそのせめぎ合いで苦しんでるんだけど、その「生きづらい、苦手、生きるのはしんどい」みたいなところがこれを読んでいると少し穏やかになる。

自分はメンヘラキャラとして生きるには外をあまりにも気にしすぎていて、というかメンヘラじゃなくても常に「外からみて自分はどう見えているか?」ばかり考えているので、「外からどうあれ自分は自分」という強さを求めて本やネットをさまよっている気がするなあ。

『愛を味方にする生き方』

買う予定。これは……ガチなスピ本で、読んでいても「?」な描写は確かにあるんだけど……手に取ったときの不思議な感覚が忘れられなくて……苦笑
「愛を使って生きる」てどういうことなのかな~、スピでいうところの宇宙や愛ってなんなんだ?って感じをつかむために読みます。笑

『ビニール傘』 岸政彦 新潮社

第156回芥川賞候補作。この方の『断片的なものの社会学』を読んでいて、「えっ小説書かれたんだ……」からの単行本。タイトルが本人自筆なのが良い……新潮社こういう装丁できたんだ……(新潮社装丁室のデザインをいまいち信じ切れてない自分がいる)買う予定。おもしろそうです。



こうして見ると、私は今のところ即物的に「いかに生きるか」みたいなのをほしがってるのかな…って思う。ほしがってますね。外からの目線が気になって気になって仕方なくて、自分の中に哲学がないから本に求める…みたいな…。前からこうだけども、前はこれと寂しさといろいろないまぜになって酒に走って失敗して、今は酒を外で飲んでない分まだましなのかなあ。うう。いや、たまにはふらっとお酒飲みに行きたいです!!!今飲んでないのは別に自重してるんじゃなくて単に仕事が変な時間に終わるから!!!!


あとこれは去年読んだ本ですが、一応忘れないように。
『あの素晴らしき七年』 エトガル・ケレット 新潮社
『あなたを選んでくれるもの』 ミランダ・ジュライ 新潮社
この2冊は去年読んで最高だったものです。は~。



31日目:愛ってもっと

1カ月近く空いてましたが私は元気です。いや、会社については悶々としてるけど、会社が嫌っていうより「私はもっと自分の名前が残る仕事がしたい~~別に有名じゃなくてもいいけど、確実に自分の名前が残って誰かのためになる仕事がしたい~~」みたいな思いがあるのかなあ、って思って、ノートに書いて保留してます。
 
カフェであーとかうーとかなりつつ、スマホを狂ったようにみつつ、たまにノートにがんがんとポエムともなんともつかない文章を書いている三十路の女、怖いですね。アホらしい!と思いつつ、ぐだぐだと「結局なんなのさ」みたいなことを書いています。タブレットPC……だとネットみちゃうから、ポメラ的なものが欲しいです。ノートとキーボードでぱちぱち打つのと両方やりたい。
 
 
先日は隣にスピな方が集まっていて、自分もそういう系の本読むから分かるけど、でもやっぱり大声で「前世のカルマが」「これは宇宙の意思」とか話しているとびっくりしますね。私はびっくりしました。おもしろかったけど……。
 
ブログ書いていない期間、いろいろ本を読んでたんですけど、最終的に「自分をどこまで信じて愛せるか」っていうことなんだなあ、と思う。自分を愛していたら結果的に人を愛せるようになる……というか、他人をどうこうしようとかなくなるのかなあ、とか。自分が本当にやりたいこと、望んでいること、その瞬間のものと、5年くらいのスパンのものと、「結局死ぬときにどうなっていたいか」っていう望みを、他人の判断ではなく、自分の心だけをちゃんと見て行動できるかという状態に持っていくために、いろんな本があるのかなあ、って思った。
 
それを自然とできる人もいるだろうし、神というものを通す人もいるだろうし、宇宙とか、そういうのになる人もいるんだろうな、と思う。今のところ自分は引き寄せの法則の本がしっくり来たからそれを読んで実践しているけれど、それが仕事だったり趣味だったりいろいろそこに行き着く手段はあるんだろうな。
 
 
そんなことを思っていたとき、たまたま河相我聞さんのブログを読みました。
この記事を全ての人類読んでくれ…という気持ちになりました。
 
私はべっこべこに自分を信じられなくなってから、立ち直ろうとしている人間なんですけど、こ、この境地!!!この境地になりたい!!!って思ってます。というか、ぐるっと回って(自分は学歴高いので)「学歴は高くて困ることはまあないけど、人生で絶対必要か??って言ったらそんなことはないし、生きていく上で大事なことはここにある」って、エア子ども(独身だし子どもいないので)に読ませたいな…って思いました。本人が勉強好きです!!って場合は別ですが。(実際私は勉強自体は好きです)
 
てかまず自分よ。だいぶ自分が何がしたいかとか、そういうの、見るくせついてきました。
 
 
ただ、ね~。部屋でスマホばっか見て頭痛くしているのはどうかと思うよ!?って思う。
時間をもてあます悪癖をどうにかしたい。
 
それではまた。
 
 

30日目:心の扉を開いて生きるかどうか

今日「美女と野獣」見に行ったところ、主人公のベルが変わってる~って村の人が行ってるときに「あの子の頭は雲の中」という台詞(歌詞の一部)があって、ああ……としっくりきてしまった夜です。

本が好きで「もっとどこか広い世界が見たい……」って思っているの、確かに頭は雲の中だな…。「地に足がついてない」っていうよりそっちのほうがしっくりきますね。

ううん。

 

ちょっと今「前向きさ」が停滞中です。

会社でも今までそんなことしたことがないのに、妙に上司にイライラしてしまって、態度に出してしまったりして、後から「なんであんなことを……」って落ち込んだり、ひさしぶりに自己嫌悪に陥りました。今までやったことが無い分余計に落ち込む。甘えてるのか?!?!?!

ただ、以前はずるずる引きずっていたのは、本当に分単位で「よし、次は笑顔だ!」って割り切れたのは良かったと思う。良かったです。そのとき自分でもしなくていいことした~~って思ったんだけど(変な声のかけ方したりしたし)、もうそこは仕方ないし……仕方なくないかもだけど……仕方ないです!

子宮筋腫が見つかって、このままだと妊娠厳しいよとか言われて、本気で10年後、20年後が不安になったというのもあります。20代のころは、本当に10年先のことなんてどうでもいい!って思って泣いてたけど、今はもうリアルにどうする?!?!って思っているし、私本当にこのままこの会社で、この仕事して終わるのかな……って思ったりして。

今の仕事は正直将来性とかないですし、会社からも「必要だけど利益にならないよね…」みたいに思われている部署なんですよね。ただ、そのままいれば(今のところ)給与は下がっても定年まで働けるだろうし、っていう。やりがいも、ないわけではない。でも、本当につまらないです。つまらなくないときもあるけど、やっぱりどこかで「この仕事はつまらないな」って感じてる。「このまま、微妙に『やだな、この面子とずっと過ごすのか』って思いながら仕事したくないな」っていうのがある。何様だって思うけれど、真剣にそう思ってます。

「この人たちには心開いたら何言われるか分からないな」って思って口や心を閉ざしてるの、つらい~~~でも本当にここで心を許したくない~~~って思ってるので

①心を開いて生きる

②心が開けるどこかを探す

③割り切って閉ざして仕事して、別の逃げ道をつくる

とかしかないのか??って思ったり、ね。

う~ん。